技工士ブログ

「入れ歯は使い捨て」

その患者さんは、前回の来院されたときは、68歳でした。
現在は78歳です。10年ぶりの来院です。
忘れられない記憶があります。
歯周病に侵され、歯の本数は揃っているのですが、手遅れの歯が沢山ありました。
入れ歯を作る過程で、沢山の歯を抜かなければなりませんでした。
吐き気が強く、入れ歯を何度も何度も調整をしました。
治療が終了するまで、1年近くかかりました。
患者さんはその入れ歯を作った技工士を覚えていました。
もちろん私も覚えています。
患者さんは10年間、1度も歯科医にかかったことは無かったそうです。
だいぶ腰も曲がり杖を突いて来院されましたが、まだ元気です。
上顎の入れ歯は総入れ歯、下顎の前歯5本が差し歯で、部分入れ歯が入っています。
その入れ歯は10年前に私が作った入れ歯です。
患者さん「前歯が1本抜けてしまったが、入れ歯は痛くはないし問題もない」
私「長持ちしていますね、入れ歯もきれいです。さすがに人工の歯は平らに磨り減っています」
患者さん「この入れ歯は10年持った、新しい入れ歯を作ってくれ」
私「今までの10年とこれからの10年は条件が違います。
歯ぐきも痩せて入れ歯を作るには難しくなっています。10年持つとは保証できません」
患者さん「年数は関係ない、今回は10年で使い切ったが、この次は5年でも構わない」
私「インプラント治療も可能どうか、CT撮影をして検査しましょうか?」
患者さん「いや、入れ歯でいい、その代わり、残った歯を全部抜いて作ってほしい」
この患者さんの入れ歯が長期間良好に使えたのには理由があります。
入れ歯の設計がシンプルだったこと、
口腔内に歯周病の歯や動揺した歯を残さなかったことです。
10年前に残した6本の歯の内1本が抜けて残りは5本になっています。
私「マグネットにして使えそうな歯がありますよ」
患者さん「いや、全部抜いてくれ」
私「どうしてですか?」
患者さん「入れ歯の治療が済んだら、老人ホームに入ることにしている。作り方は任せる」
確かに、老人ホームに入ったり、寝たきりになって、残った歯で苦労する人がいます。
ご自分では歯を磨けなくなるからです。
訪問歯科診療では、麻酔をすることも、歯を削ることも、抜くことも、簡単にはできなくなるのです。
残った歯を抜いて、上下の総入れ歯を作ることになりました。
患者さんなりの老いの準備なのでしょう。
患者さん「その代わり、入れ歯は同じ先生と同じ技工士で作ってくれ」
私「わかりました、それは変わりませんよ安心してください」
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