私が技工室で部分入れ歯を作製していると診療室から声がかかりました。
患者さんの即時義歯(あらかじめ抜く歯を想定して入れ歯を作り、抜いたその日から見た目や食事など日常生活を送れるための治療用入れ歯)の歯の色と歯並びを見てほしいということでした。
診療用の椅子には、60代の男性の患者さんが、座っていました。
どうも患者さんの表情が暗いのです。まだ、上顎の前歯6本の差し歯を抜いて入れ歯にする決心が付かないようでした。
患者さんからの手紙にはこのような事が書かれていました。
「十年ほど前、群馬県の歯科医院に通い、『抜かずに歯周病を直す』治療をうけ、上下の歯周病の治療と大規模な差し歯をかぶせる処置をしました。
ところが、『歯周病は克服できた』と油断していてのがたたり、差し歯にした歯がすっかり駄目になってしまいました。
口の中で爆弾が破裂したような惨状です。とても人間の口の中とは思えません。
具体的には、上の両側の奥はすでに無く、残っている上の前歯6本の差し歯は歯ブラシを当てるたびに揺れます。
前歯がとれてしまえば人とも会えないので、歯と歯の間にガーゼを挟んでいるという惨めな状態でした。不安で夜もろくろく眠れません。上と下の歯を合わせることができないので、豆腐より固い物は食べられません。スープとお粥で食をつなぐ毎日です」
患者さん「信頼できる先生が6本の前歯の差し歯は抜くことが最良の方法であるとおっしゃるであれば、素人の患者はそれに従うしかないのは判ってはいるのですが、意気地がないのでしょうね。入れ歯を作ってもその入れ歯を使いこなすことができるか心配なのです」
患者さんの悩みは深そうです。その日は、一応、納得されて帰られました。
診療終了後、歯科医、衛生士、技工士で患者さんについて話し合いました。
歯を抜いて入れ歯を入れる日が来ました。患者さんは以前と変わらぬ暗い表情です。
患者さん「先生、お話があります」
歯科医「なんでしょう。ご気分でも悪いのですか」
患者さん「いや、申し訳ありませんが治療をキャンセルして頂けませんか、今回の準備にかかった治療費はお支払いします」
前回の患者さんのご様子から、こんなことも想定していました。実は、抜かないで入れ歯を体験できる治療用入れ歯を作っていたのでした。
歯科医「体験入れ歯を試して見てはどうでしょうか？」
患者さん「自信が無いのですが、仮に使ってみてもどうしても慣れないときは、外していいですか。」
今回は、抜かずに治療用の入れ歯を使ってもらい、入れ歯の違和感、圧迫感を体験することになりました。体験入れ歯は揺らいだ前歯6本の差し歯を後ろから支えるぐらいの役目しかしていません。
次回来院した時には、患者さんの表情も明るくなっていました。患者さんが思い描いていた入れ歯とは、違っていたようです。
患者さん「この入れ歯ならば私でも使っていけそうです。前歯6本の差し歯を抜く決心がつきました。抜いてください。でも、また新しく入れ歯を作ると感じが変わってしまうのが心配です」
歯科医「心配いりません。その入れ歯に歯を付けるだけです。実はもう用意してあるのですよ、今の前歯とそっくりで入れ歯になったことが誰にも気づかれないタイプと下の歯との噛み合わせを考慮した理想的な歯並びのタイプと2種類の前歯を用意してあります。
あさひクリニックには院内技工室と技工士がいるからできるのです」
この様に、入れ歯が初めての患者さんにいくら説明しても分からないものです。
「百聞は一見にしかず」体験してもらうことが重要です。歯科医院の中で緊張した状態ではわからないことがあります。日常の時間の中で患者さんが納得して「私も入れ歯が使える」という自信が持てる事から、入れ歯作りが始まるのです。
保険の入れ歯では、仮で入れ歯を作ることはできません。
早速、その日に6本前歯の差し歯を抜くことになりました。
少量の麻酔で前歯6本の差し歯はあっという間に、取れました。
患者さん「長年の歯周病の呪縛から解放されました。ありがとうございます」
私「すぐに入れ歯に歯を付けますが、どちらがお好みですか、やはり、入れ歯が入ったことが誰にも気づかれない歯がよろしいですか？」
患者さん「これからは自信を持って入れ歯と向き合って行こうと思います。取り付ける歯は、噛み合わせを重視した、きれいな歯並びにして下さい」
あさひクリニックは、一人ひとり患者さんに合わせた入れ歯作りをじっくりと時間をかけておこなっています。
入れ歯（総入れ歯、部分入れ歯）専門の東京あさひクリニック・歯科
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2015-02-02
